ロートレックの偽名・変名・アナグラム?

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    7月21日より展示する企画小展示「モンマルトルの偉大な歌手アリスティッド・ブリュアン展」にて、2つのおもしろい作品を展示いたします。

     

    それは、この2点

     

     

     描いているのはTreclo トレクロー 絵の上にpar Trecloと書かれています。

     

    次はこの作品、

     

    同じ機関紙「ル・ミルリトン」ですが、

     

    こちらの作品を描いているのはTreclau

    左がサインで右はDessin de Treclauと書いてあります。

     

     

    実はこのTreclauもトレクロ―と読みます。

     

    TrecloとTreclau

     

    読み方は2人とも同じトレクロ―で、スペルもLのあとがOかAUの違いだけ。

     

    しかも上の作品が1887年1月で、下は1887年の8月に描かれた作品で絵の作風も似ていませんか??

     

    感のいい方ならわかると思いますが、2人は同じ画家です。

     

    しかも正体は有名な画家です。

     

    Treclau とはアナグラムでつづりを並び変えると他の画家になります。

     

    Treclauをcで2つに分けるとtrecとlau になり、順序を逆さにすると

     

    lau とtrecとなり、つなげるとLautrec ロートレックとなります。

     

    ただ、なぜ偽名にしたのか、OとAUを変えたのか?

    ただ間違えたのか、それともわざとなのか。

    上の作品には作者のサインが入っていない、もしくは消されている?? など

     

    まだ色々ありますが、長くなりますし、おもしろいところですのでいずれ書こうと思います。

     

     

     

     

     

     


    イラストポスターの創始者 ジュール・シェレ Jules Chéret

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      今回紹介します画家は、イラストポスターの創始者ジュール・シェレ。

       

      日本ではあまりなじみがないかもしれませんが、19世紀末のパリ、いわゆる「ベル・エポック」の時代を語る上で大変重要な画家で、海外特にフランス、アメリカでは今も人気が高いです。

       

       シェレの写真

       

      ジュール・シェレは1836年5月31日にパリの印刷工の息子として生まれます。最初は石版画工として働いていたが、仕事の合間合間にルーブル美術館を訪れ、独特の感性を磨いていきます。

       

      シェレのポスター作家としての一番最初の成功は、1858年の「地獄のオルフェ」のポスターです。

       

       地獄のオルフェのポスター

       

      さらに、69年の多色刷りのポスター「ヴァレンチノ」の成功によりシェレは一躍有名になり、

       

       ヴァレンチノのポスター

       

      フランスのみならず、ヨーロッパやアメリカにも石版画のポスターが流行していきます。

       

      またシェレを語る上で欠かせないのが、シェレット Chérette と呼ばれる(一目でシェレが描いたとわかる)シェレの描く女性です。

      この女性は、当時のパリの人々が思い描く「女らしい女性」 鼻がちょっと上向きで、小柄で金髪や赤毛など魅力的な女性を見事に表現し、ミュシャの描く女性像などにも多大な影響を与えました。

       

       代表的なシェレットの絵

       

      シェレ独特の画風は、ルーブル美術館によって作られました。他の絵画の学校には行かず独学で学び前衛派や印象派とも違う独自の画風を形成しました。

       

      シェレの特徴は、基本的に赤・黄・青色の3原色で描く、人物が絵の中心に浮かんでいる、などが上げられます。

       

      シェレは晩年ニースに住み、存命中の1928年にジュール・シェレ美術館がニースに開館します。(現在のニース市美術館)

       

      1932年に他界し、遺体はパリのサン・ヴァンサン墓地に埋葬 享年97歳でした。

       

       

       


      サラ・ベルナールに嫌われたポスター??

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        今回紹介しますのは、フランスの大女優サラ・ベルナールが演じたジャンヌ・ダルクのポスター。
         



        サラ・ベルナールのポスターといえばミュシャのポスターが有名ですが、このポスターはミュシャがサラを描く少し前1890年

        アールヌーボの先駆者ウジェーヌ・グラッセの作品です。

        実はこのポスター、サラベルナールは気に入らなかったのか描き直させています。

        修正後はこちら
         



        髪の毛と顔つきそして、足元の部分が直っているのが分かります。(描き直させたのは1893年か?)

        しかし、これ以降1894年からサラのポスターはミュシャが描いていくことになります。

        ミュシャのシスモンダ



        このポスター、なんとなくグラッセのジャンヌ・ダルクに構図がにていませんか?

        前回のサロンデサンの記事でも書きましたが、ミュシャはグラッセの影響を受けています。

        グラッセのポスター、サラ・ベルナールは好まなかったのかも知れませんが、

        ミュシャは気にいっていたのかもしれませんね。


         


        ミュシャのアンティークポストカード 「ココリコ」

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          今日紹介しますのはミュシャのポストカード。

          作品は「ココリコ」


          1899年にパリのシュンプノア社から発売されたミュシャのポストカード。

          このポストカードは1901年に実際に使われたもので

          Je pense que le seigneur Mucha sera le bien venu avec la 39eme(?)carte

          P.Mascard

          と書いてあると思われ、

          訳すと

          偉大なるミュシャが39番目?のカードとともに喜んで迎えられると思う。

          の意味か。

          作品名のココリコとはCocoricoと書き、フランス語で鶏の鳴き声「コケコッコー」のこと。




           


          ウジェーヌ・グラッセ サロン・デ・サン

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            今回紹介するのは、ウジェーヌ・グラッセ。日本ではあまりなじみがない名前かもしれませんが、ミュシャよりも少し前からフランスで活躍し、ミュシャに影響をあたえた作家になります。



            この絵がグラッセのサロンデサン。ミュシャが描いたサロンデサンの2年前1894年の作品になります。

            2年後のミュシャの作品はこちら



            なんとなく似ていませんか?

            ウジェーヌ・グラッセは1845年にスイスのローザンヌで生まれました。そのあとパリに出てアール・ヌーボの画家の先駆者として活躍しました。

            グラッセはこのほかにジャンヌ・ダルクなど有名な作品も描いていますが、それはまた今度紹介いたします。


            ロートレック展〜ニューヨークのMoMAに行ってきました!

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              ちょっと昔の話ですが、今年の2月にニューヨークに行ってきました。


              目的はもちろん

              これ!
              MoMAで開催さていたロートレック展を見に行くためです。パリの友人や仲間たちにこの展示はぜひ見に行くようにといわれた展示。

              MoMAとは現代アート美術館の頭文字で実際はThe Museum of Modern Art が名前

              展示の題は
              The Paris of Toulouse-Lautrec prints and posters(ロートレックのパリ 版画とポスター)
              2014年7月26日〜2015年3月22日
              です。

              内容はとてもすばらしく、ロートレックの主だった作品は見れますし、なにより滅多にそろいで見ることのない11枚組の版画集「Elles」


              上が表紙でしたが中身
              Ellesとはフランス語で「彼女たち」(彼女の複数形です)が
              実際の内容は娼婦たちと言われています。この作品はすべて娼婦について書かれています。
              よくこの作品は歌麿の「青楼十二時の影響を受けているといわれる絵です。

              ん?なんで浮世絵?と思われるかもしれませんが、1880年代のパリはとても日本の影響を受けています。

              では、また次回
               


              シャノワールの挿絵 ジャーナル ル・シャ・ノワール 新聞「黒猫」その2

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                初期のシャ・ノワールを語る上で欠かせない画家アドルフ・ウィレット(1857年〜1926年)
                まずは彼の有名な挿絵を紹介します。

                この絵が「ピエロ・ファミスト」訳すると「ふざけたピエロ」という作品で、1882年3月18日発行の第10号に掲載された最初の挿絵です。この絵は人気を博し他にも

                ピエロ・アムール(恋するピエロ)や

                見開きでも掲載されています。

                このピエロはウィレットの代名詞にもなり、

                上の絵のようにロートレックもウィレットのピエロを書いています。
                この絵はウィレットが作った雑誌の表紙をロートレックが描いたものです。

                また、他の画家もシャノワールの思い出としてこんな絵を書いています。

                右のピエロがウィレット 左のネコがスタンラン その間で偉そうに椅子に座っているのがサリだと思われます。

                最後に僕がウィレットの中で一番好きな絵を紹介します。

                 それがこのParce, Domine, parce populo tuo/ne in aeternum irascaris nobi

                という作品。パリのモンマルトル美術館に飾ってある油絵で、実際のシャノアールでもかかっており、シャノワールが移転するときこの絵を担いで引っ越しをしたともいわれているほどシャノワールを代表する絵です。

                もちろん列の先頭にピエロがいます。そして右には黒猫もいます。

                それでは今回はこのへんで〜

                 


                ジャーナル ル・シャ・ノワール 新聞「黒猫」その1

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                  シャノワールといえばこの絵が一番有名ですが


                  実はもう一つ有名な絵があります。きっと当時のパリではシャノワールといえばこの絵だったはずです。
                  (上の有名な絵は閉店の1年前に作られた地方巡業のポスターなので)

                  それは

                  これ!見たことありますか?

                  この絵はキャバレー「黒猫」が開店した1882年から1897年まで毎週土曜日に発行されていた機関紙です。上は絵の部分の拡大図でしたが全体像です。



                  全8ページからなり、中に大体1枚の挿絵が入りました。この挿絵を描いて有名になったのがアドルフ・ウィレットのピエロやスタンランのネコになります。またこの新聞が発行された当初は挿絵を画家に憧れていた、オーナーのロドルフ・サリ自身も書いています。

                  次からは、中の代表的な挿絵を紹介していきますので楽しみにしていてください。
                   


                  「ムルロ工房と 20 世紀の巨匠たち〜パリが愛したリトグラフ」を見てきました!

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                    DIC川村 記念美術館で 2015年4月4日(土)〜2015年5月12日(火)まで開催されている、「ムルロ工房と 20 世紀の巨匠たち〜パリが愛したリトグラフ」を見てきました。



                    ムルロ工房とは、ロートレックやミュシャが活躍していた時代よりも少し後の1920年以降特に1950年頃に数々の版画を作り出した印刷所です。

                    パンフレットにも書かれている通り、シャガールやピカソそしてマティスなど日本人にもなじみの深い作家の作品を数多く世に出しました。

                    一方でロートレックたちの時代には、アンクール社やシェイクス社。ミュシャではシュンプノア社などが有名です。

                    今回この展示を見に行った最大の理由は、リトグラフの印刷機を見るためです!!

                    ※この写真はイメージで実際に美術館で展示してあるものは違います。

                    これが印刷機になります。

                    石版は見る機会があっても、印刷機は滅多に観ることができないので、大チャンスです。

                    また、展示でもムルロ工房以前のポスターも展示してあり、ロートレックやスタンランそしてボナール、さらに前のドラクロワの「ゲーテ」なども展示されていました。

                    そして、出口というか入口というか会場の横ではリトグラフの作り方のビデオが流れており大変参考になります。

                    この辺は、印刷会社の美術館というところを感じさせます。

                    あとお庭もきれいで、平日にいったのですが、レストランは大混雑で入れませんでした。

                    車でしか行けないような場所ですが大人気

                    でも12日までなのでお早目に。

                    今は、箱根でミュシャ・ラリック展、堺市ではミュシャ美術館がリニューアルと全国で開催しており、機会があれば行ってみたいと思います。

                    ではでは、また。
                     


                    ジャンヌ・アヴリル  絵と写真で見る女優・俳優たち

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                      今日は、ジャンヌ・アヴリルについてです。

                      ジャンヌ・アヴリルとは、ムーラン・ルージュでも活躍したダンサーで、2001年の映画「ムーラン・ルージュ」でニコールキッドマンが演じたサティーンのモデルともいわれています。


                      1868年―1943年 75

                       

                      ドゥミ・モンデーヌ(高級娼婦)の母親とイタリア貴族の間に生まれる。貧困な少女時代を過ごし、ムーラン・ルージュのダンサーとなる。

                       

                      しかしジュンヌは独立して一人で踊るのをこのみ、他のダンスホールやカフェ・コンセールに出演する。

                      映画とは違い、1911年に画家のモーリス・ビルスと結婚しています。


                      ここから2枚は絵と写真の比較です!


                       1番といってもいいほど有名な絵 1893年のロートレックの作品

                        絵と同じポーズをとるジャンヌ・アヴリルの写真

                        1899年のロートレックが描いたポスター
                        同じポーズをとるジャンヌ・アヴリルの写真



                      次は有名なポスターの紹介!!

                       日本でも大人気な、ロートレックが描くディヴァン・ジャポネ 手前に座っている女性がジャンヌ・アヴリルです。

                       1893年  レスタンプ・オリジナルの表紙 
                       1896年 エグランティーヌ一座  一番奥がジャンヌ・アヴリル

                          実際のエグランティーヌ一座 左端がジャンヌ・アヴリル

                      以上は有名な絵で、次の絵を知ってたら、かなりのロートレックマニアです。

                       1893年 ロートレックとイベルスの連作「カフェ・コンセール」の1枚

                      あと、ロートレックは油絵も描いていますが、それはまた別の機会に。

                      ではでは、また〜次の記事までお待ちください!

                      おまけの1枚
                       ジャンヌ・アヴリルの夫 モーリス・ビルスの描いた絵です。

                       



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