アール・ヌーヴォーのアンティークポストカード(絵はがき)とは

ヨーロッパの有名な画家の絵や写真などが印刷されたアンティークのポストカード。世界的にもコレクターが多く、1900年頃のアール・ヌーヴォーのアンティークポストカードは希少性も高く高値で取引されています。

アンティークポストカードそのなかでも、ここでは絵入りのポストカード「絵はがき」について説明いたします。はがきの歴史は、1869年にオーストリアで作られた官製はがきが最初だと言われています。この官製はがきには絵などはなく、表には宛先、裏には文章ととてもシンプルなものでした。オーストリアで始まった官製はがきは、ヨーロッパ中に広まり、1878年に国際会議ではがきの寸法が最大9×14cmと定められます。したがってアンティークポストカードは9×14僂離汽ぅ困多く、現在の日本の一般的なはがきサイズ10×14.8僂箸楼曚覆蠅泙后1871年にはベルギーで最初の絵はがきが誕生します。(1871年のウィーンで発行された絵はがきが最初との説もあります)はがきの作成が1870年代にはいると民間企業にも許可され、その後印刷技術の向上などによってカラー印刷などが登場し、1898年頃から1918年(第一次世界大戦)までが絵はがきの黄金時代と呼ばれています。この時期はちょうど、フランスの「ベル・エポック」と呼ばれる時代で、アール・ヌーヴォーが最盛期を迎えていました。

 

パリでは1890年頃よりポスター芸術が人気になり、ポスタ―のコレクターが現れ始めます。それまでのポスターは広告・配布物であり一般大衆が購入するということはありませんでした。
それが1895年に近代ポスターの父と言われるジュール・シェレが「ポスターの巨匠たち」というポスターコレクションを出したことにより、一般大衆が絵を収集できるようになり、さらにミュシャやシュンプノア社は広告物では無いポスター「装飾パネル」を販売しポスターは大衆のための文化として大流行します。

 

この流れはもちろん、絵はがきにも影響を与え、1898年にシノスより36種類の絵はがきが発売されます。この中にはロートレックやミュシャそしてシェレなどの有名な作品があり、有名なポスターをポストカードサイズに直した最初の絵はがき集です。


シノスより発行されたロートレックの「ムーラン・ルージュ ラグリュ」の絵はがき

ロートレックの絵はがきは大変珍しく、現在確認されているのはこの図柄のみとなっています。


シノスより発行されたミュシャの「シスモンダ」の絵はがき

サラベルナールの劇場ポスターを描いた絵はがきもシノスからしか発行されておりません

 

ポスターの縮小版といっても、ただ縮小したわけではなく注意深く計算されて作成されたものです。サイズも縦横の比率も違う絵を、絵はがきに合うように画家が、配置を変え文字やデザインを変えて、絵はがきオリジナルの作品に仕上げており、絵はがきに貴重な価値を与えています。1900年頃になると絵はがきオリジナルの作品も多数登場するようになります。アール・ヌーヴォーのスローガンでもある「万人の中の芸術」「万人のための芸術」は、絵はがきを顕著に表しています。絵はがきがあらゆる階層の人々に最初に芸術をもたらしたとも言えるからです。絵はがきはその後、サイズも小さく収集しやすい面もありポスターの人気を凌ぐ勢いで、普及していきます。企業の広告も絵はがきを多用するようになり、絵はがきだけの展覧会なども当時から開催されます。絵はがきの人気を裏付ける一例として、ミュシャは、雑誌に掲載されていた時はモノクロの作品を、絵はがきではカラーと豪華にアレンジしています。ミュシャは、絵はがきの作製にも特に力をいれた人物です。

ミュシャは絵はがきオリジナルの図案


 

しかし、第一次大戦が終戦を迎えるとアール・ヌーヴォーは終焉し、時代がアール・デコに移っていくと、アール・ヌーヴォーは世間から嫌われ、アール・ヌーヴォーの作品は壊されたり捨てられたりしました。(アール・ヌーヴォーを代表するパリの有名なメトロの入口も一つを除きすべて壊されました)アール・ヌーヴォーを今に伝える絵はがき、その当時の文字や筆記体、切手や面に対する図柄の比率などポスターとは違った素晴らしさ、楽しみがあります。あまり絵はがきは展覧会でも展示されることはありませんが、目にする機会があったらぜひ楽しんでみてください。
 

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