ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界をみてきました。

0

    ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界を観てきてました。

     

     

    6月28日から9月17日まで、東京丸の内にある三菱一号館美術館にて開催される「ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界 1780年パリに始まるエスプリ」展

     

    ショーメとはパリにある宝石商で1780年にマリ=エティエンヌ・ニトが創業しました。その卓越した技術はフランス革命後ナポレオン1世やその妃ジョゼフィーヌに愛され現在まで続いています。


    ラファエル・キルヒナー Raphael Kirchner 1876-1917

    0

      ラファエル・キルヒナー Raphael Kirchner 1876-1917

       

       

      1875年にウィーンで生まれたキルヒナーは、1900年頃よりパリで活躍し後にアメリカに渡り活動します。アメリカに渡ってからのキルヒナーの作品は、時代のアール・ヌーヴォーの終焉もあってかピンナップの要素が強くなりますが、ウィーンとパリで活躍していたことは上記の作品緒ように、ミュシャとは違ったアール・ヌーヴォーの表現をし人気を博しました。


      デュボネ「DUBONNET」 フランスの薬草系ワイン

      0

        デュボネ「DUBONNET」 フランスの薬草系ワイン

         

         

         

        今回はフランスのお酒「デュボネ」について、ロートレックやミュシャが活躍した19世紀末のベル・エポックと呼ばれた時代、フランスでは一体どんなお酒が飲まれていたのでしょうか?今回はそんなポスターや版画などを楽しむための雑学としてポスターにも描かれているお酒を紹介します。過去にはアブサンについても書いていますので興味のある方はぜひお読みください。

         

        19世紀末のアブサンの飲み方

        ロートレックが考案したアブサンのカクテル「地震」

         

        当時のフランスで一般的に飲まれていたお酒は、今と同じくフランスを代表する葡萄酒、ワインでした。しかしみんながみんなワインを飲んでいたかというと実は違い、様々なリキュールのお酒が存在しました。今の日本ですとビールやハイボールにワインなどいろいろありますが、冷蔵庫もなく常温や冷暗所での保管をしなくてはいけない時代でしたので比較的アルコール度の高いお酒をストレート、もしくは水割りかソーダ割り(炭酸水)で飲むのが主流でした。アブサンなどは水で割りますし、ブランデーのソーダ割りも当時から飲まれています。しかし一般の人が安く飲むお酒は、ワインの搾りかすから作った安くてよい安いピケット(ポーマス)と呼ばれるお酒やアルコール度数の高いマール酒(現在は高級品です)などでした。

         

        では、このデュボネというお酒はどこで飲まれていたのか?居酒屋や酒場?と思うかもしれませんが、実はアブサンやこのデュボネとよばれるお酒はカフェにて飲まれていました。

         


        文芸雑誌「ココリコ」(COCORICO)1899〜1902

        0

          文芸雑誌「ココリコ」(COCORICO)1899〜1902

           

          「ココリコ」(COCORICO)とは1899年から1902年にかけて芸術家であるポール・ブティニ(Paul Boutigny)によりパリで発行された文芸雑誌です。19世紀末、いわゆるベル・エポックと呼ばれたこの時代、ジュール・シェレやトゥールーズ・ロートレック、そしてアルフォンス・ミュシャの登場により、ポスターや版画がフランスで大人気となります。それまでの一部の特権階級に向けた芸術から広く民衆に愛される芸術へとなっていき、ポスターもより芸術的に、そして著名画家の版画集などが販売されるようになります。そして、この1900年前後は特に装飾芸術への人気も高まり、ミュシャに代表されるような装飾パネルも製作されるようになります。装飾パネルとは家の内装を彩る広告物(ポスター)では無い比較的大きめの版画のことをです。ちなみに、装飾芸術のことはフランス語でアール・デコラティフいいますが、皆さんの想像されるアール・デコはカッサンドルやラリックなど1925年ごろの芸術様式のことだと思いますが、もともとは装飾芸術のことを指します。なので、ミュシャの時代でもアール・デコラティフという言葉は用いられますし、ミュシャのポスターにもその言葉は登場します。

           

          話が脱線しましたが、この時代はそれほど一般市民の芸術への関心が高まった時代でもあり、その時代にこたえるべく「ココリコ」誌は誕生しました。ココリコとはフランスを象徴する「雄鶏」の鳴き声「コケコッコ―」のことで、創刊号の表紙と中表紙のココリコのロゴデザインをアルフォンス・ミュシャが手掛けていますが、雄鶏が描かれています。

           

          ココリコ創刊号

           


          「サロメ」 アルフォンス・ミュシャ

          0

            「サロメ」 アルフォンス・ミュシャ

             

             

            この作品は、1897年に発行されたオリジナル版画集「レスタンプ・モデルヌ」の第二号に収録された

             

            「再生」エミール・ベルクマンス

            「笑顔」アルマンド・ベルトン

            「回顧」ジョルジュ・ド・フール

            「サロメ」アルフォンス・ミュシャ

             

            の4枚の新作版画のうちの1枚です

            シェレやロートレックの活躍やミュシャの登場によりポスターや版画は新しい芸術として人々に受け入れられました。産業革命以降のヨーロッパの発展はブルジョワジーなどの中産階級を生み、従来の王族や貴族、教会に向けた芸術とは違い、一般の人々に向けた芸術が求められ、そのような芸術への機運の高まりにシュンプノア社は答えるべく、毎月4枚の新作版画集「レスタンプ・モデルヌ」を1897年から1899年にかけて毎月、計24号発売しました。


            タバコ巻紙「ジョブ」 JOB ジュール・シェレ

            0

              タバコ巻紙「ジョブ」 JOB ジュール・シェレ 1895年

               

               

              1895年にジュール・シェレにより描かれたタバコ巻紙「ジョブ」の広告ポスター。

              若い女性がタバコを吹かし肩越しにこちらを挑発している印象的なこのポスターは、シェレにしては珍しく、明るく軽やかで躍動感のある若い女性「シェレット」ではなく、タバコの煙が女性を取り囲むことによりタバコそのものよりもタバコを吸う女性に焦点を当て、当時確立されはじめた自立した新しい女性像「新しい女」を表現している。


              ディヴァン・ジャポネ

              0

                ディヴァン・ジャポネ トゥールーズ・ロートレック 1893年

                 

                 

                パリのモンマルトルにあるマルティーユ街にあったカフェ・コンセール「ディヴァン・ジャポネ」の広告ポスター。

                もともとはミュゼットと呼ばれる大衆向けのダンス・ホールであったディヴァン・ジャポネは炭鉱労働者が通う場末のダンス・ホールであった、1875年に「カフェ・ド・ラ・シャンソン」と名と業態を変え、労働者が愛国的な歌などを歌い才能を試す場となった。


                ロートレック展の内覧会に行ってきました。

                0

                  パリ❤グラフィックーロートレックとアートになった版画・ポスター展の内覧会に行ってきました。

                   

                  明日10月18日より東京丸の内の三菱一号館美術館にて「パリ❤グラフィックーロートレックとアートになった版画・ポスター展」が開催されます。

                   

                  今日は一般公開前の特別展覧会の日

                   

                   

                  この展覧会はほんと楽しみにしていました。


                  パリのキャバレー「ムーラン・ルージュ」のVIPシート《後編》

                  0

                    パリのキャバレー「ムーラン・ルージュ」をVIPシートでみる〜後編〜

                     

                    エッフェル塔と同じ年の1889年にオープンしたキャバレー「ムーラン・ルージュ」、「天国と地獄」の音楽にあわせて踊るフレンチカンカンが有名で、1954年に印象派の画家オーギュスト・ルノワールの次男ジャン・ルノワール監督の映画「フレンチ・カンカン」はこのムーラン・ルージュの誕生を描いた物語で、エディット・ピアフがユージン・ビュフェ役、パタシューがイベット・ギルベール役で一場面ずつですが出演し、シャンソンが好きな人も楽しめ、2001年にはニコール・キッドマンとユアン・マクレガーによっても映画化されています。

                     

                    パリにいったらぜひ見てほしいムーラン・ルージュですが、相席は苦手、日数も少ないから食事もしっかり楽しみたいという方にお勧めしたいのがムーラン・ルージュのVIPシートで、今回はその後編になります。

                     

                    前編をご覧でない方はパリのキャバレー「ムーラン・ルージュ」のVIPシート《前編》

                     

                    VIPシートはこのように二人掛けになっています。

                     

                     


                    パリのキャバレー「ムーラン・ルージュ」のVIPシート《前編》

                    0

                      パリのキャバレー「ムーラン・ルージュ」をVIPシートでみる

                       

                      エッフェル塔と同じ年の1889年にオープンし、画家のトゥールーズ・ロートレックが通い詰めそのダンサー達を描いたパリのモンマルトルを象徴するキャバレー「ムーラン・ルージュ」。ベル・エポックやアール・ヌーヴォーがお好きな方なら一度は行ってみたい場所だと思います。特にモンマルトルの観光地として、モンマルトル美術館と並ぶおすすめの場所で私も5回くらいムーラン・ルージュに行っています。

                       

                      中二階のVIPシート、写真左のVIPと書かれているがチケットで優先入場の特典もあります。

                      写真の机にも書かれていますが、ムーラン・ルージュではショーの撮影はできませんので、席と料理そして会場の写真を中心にご紹介します。

                       

                      ムーラン・ルージュの魅力と言えば、もちろんメインのダンスショーではありますが、その他にも食事や周りのお客さんとの交流、幕間にあるステージパフォーマンス、これはショーの合間に曲芸やパントマイムなどが行われます。パントマイムではステージにお客を上げることもあり、だいたい3〜4人が客席から舞台に上げられます。実は私も2回連続で舞台に上げられたことがあり、その他でも特に日本人は高確率で舞台に上げられます。ムーラン・ルージュは基本相席なので舞台に上げられるとそのあと周りのお客さんにもけっこう話しかけられるなど、見に来ているお客さんもフレンドリーな人が多いです。

                       

                      この和気あいあいとした雰囲気も魅力の一つですが、せっかく見に行くのに相席は嫌だ、日数も少ないから食事もしっかり楽しみたいという方もおられると思います。そんな方にお勧めしたい、ムーラン・ルージュのVIPシートを紹介します。

                      続きを読む >>


                      新着記事

                      カテゴリー

                      archives

                      links

                      profile

                      search this site.

                      others

                      mobile

                      qrcode