ディヴァン・ジャポネ

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    ディヴァン・ジャポネ トゥールーズ・ロートレック 1893年

     

     

    パリのモンマルトルにあるマルティーユ街にあったカフェ・コンセール「ディヴァン・ジャポネ」の広告ポスター。

    もともとはミュゼットと呼ばれる大衆向けのダンス・ホールであったディヴァン・ジャポネは炭鉱労働者が通う場末のダンス・ホールであった、1875年に「カフェ・ド・ラ・シャンソン」と名と業態を変え、労働者が愛国的な歌などを歌い才能を試す場となった。


    「ジスモンダ」 アルフォンス・ミュシャ〜2つのジスモンダの違い

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      「ジスモンダ」 アルフォンス・ミュシャ〜2つのジスモンダの違い

       

       

      アルフォンス・ミュシャが1894年に描いた、サラ・ベルナール主演の演劇「ジスモンダ」のポスター、中央に描かれている女性がサラ・ベルナールであり主人公である女王ジスモンダを演じています。

      この絵でも特徴的であるサラが手にする植物はナツメヤシ(日本では棕櫚(シュロ)とも)の枝であり、このことから枝の主日(もしくは棕櫚の日曜日、復活祭の1週間前の日曜日であり、キリストが受難の前にエルサレムに入ったことを記念する日)の場面であることがわかります。


      シャンフルーリの「猫 Les Chats」とマネの「猫の逢引(ランデブー)」

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        シャンフルーリの「猫 Les Chats」とマネの「猫の逢引(ランデブー)」

         

        「猫の逢引」エドゥアール・マネ

         

        前回の記事で紹介した「猫の逢引き(ランデブー)」le Rendez-vous des chats

         

        この作品は、小説家であり美術批評家であったシャンフルーリによる猫について書かれた本「猫 Les Chats」の宣伝のためのポスターです。


        マネ・シェレ・スタンランの黒猫

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          マネ・シェレ・スタンランの黒猫

           

          まず初めに紹介するのは、エドゥアール・マネが1868年に描いた「猫の逢引き」le Rendez-vous des chats

           

          「猫の逢引」エドゥアール・マネ

           

          この作品はシャンフルーリの本「猫たち」の宣伝用ポスター、マネの描いた黒猫はこの作品やオランピアが代表的な作品で後の芸術家たちに多大な影響を与えました。

           

           


          キャバレー「ル・シャノワール(黒猫)」の主題歌

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            キャバレー「ル・シャノワール(黒猫)」の主題歌

             

            スタンランの描いた絵でも有名なパリで最初のキャバレー「ル・シャノワール」

             

             

            実はこのシャノワールに、主題歌(テーマソング)があるのをご存知でしょうか?

             

            曲名は「シャノワールのバラード」

             

            シャノワールがオープンした2年後の1884年に発表されました。

             

             

            作詞・作曲はモンマルトルの人気歌手アリスティッド・ブリュアン。

             

            この曲はアリスティッド・ブリュアンが歌っているCDも残っていますので興味のある方はぜひ。

             


            アリスティッド・ブリュアンの歌集「巷にて」

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              アリスティッド・ブリュアンの歌集「巷にて」

               

               

              「巷(ちまた)にて」とはアリスティッド・ブリュアンがシャ・ノワールやミルリトンで歌った歌をまとめた歌集で、この画像はその第1巻

               

              題名の「Dans la rue」とはそのまま訳すと、「通りにて」となりますが、1985年の展覧会の和訳が「巷にて」

              でしたので、巷にてにいたしました。他には「街にて」などと訳されている方もいます。

               

              アリスティッド・ブリュアンは当時人気のあったモンマルトルのシャンソン歌手で歌集もその他に「巷にて第二巻」「巷にて第三巻」「路上にて(Sur la Route)」があります。

               

              アリスティッド・ブリュアンの歌声はCDで発売されていますが、全曲収録されているわけではなく一部の代表曲のみとなっています。(このCDはリボリアンティークスでも取り扱っております)


              ミュシャについて書かれたハガキ

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                ミュシャについて書かれたハガキ

                 

                現在では日本だけでなく世界中で人気のアルフォンス・ミュシャですが、ミュシャが活躍していた当時1900年頃は実際に人気があったのか疑問に思ったことはないでしょうか?

                 

                もちろん沢山の作品を残しているので人気があったことは疑いようがないですがここでは一般の人がミュシャをどう思っていたか残っているハガキなどで紹介したいと思います。

                 

                 

                まずは1枚目のこのハガキ、文字の一番上にミュシャ(Mucha)と書かれているのがわかります。

                 

                 


                アルフォンス・ミュシャ「サラ・ベルナール」 1896年

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                  アルフォンス・ミュシャ「サラ・ベルナール」 1896年

                   

                   

                  アルフォンス・ミュシャが1896年に手掛けたこのポスターは、ラ・プリュム誌が12月15日号にて「サラ・ベルナール」の特集を組むことを告知したものです。実際には編集の都合により12月15日号には掲載されませんでしたが、このポスターは同年同月にグラン・ホテルで開催されたサラ・ベルナールの栄光を讃える「サラ・ベルナールの日」のポスターとしても文字を差し替えて使用された。

                   

                   


                  ヴァンジャンヌの殺菌牛乳「Lait pur Stérilisé de la Vingeanne」 テェオフィル・スタンランの解説

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                    Lait de la Vingeanne  ヴァンジャンヌの牛乳

                     

                     

                    139×100cm 1894年

                     

                    ネコがうらやましそうに見ている少女の飲み物「ヴァンジャンヌの牛乳」、この作品はスタンラン(1859〜1923)の「黒猫一座の巡業」(Tournée du Chat Noir)と並ぶ代表作で1894年に製作された。

                     

                    スタンランは前年に「モテュとドリア」のポスターを作成後、挿絵画家からポスターアーティストとしても活動を始め、最初のポスターである「トゥルヴィル」や表紙や挿絵などを描いていた「リール誌」での作風とは打って変わったこの明るいポスターを制作し「猫の画家」としても人気が不動のものとなります。このポスターの印刷所はシャルル・ヴェルノー社で、同じシャノワールの仲間であるアンリ・リヴィエール(1864〜1951)の紹介によるものと言われています。

                     

                    スタンランは、アリスティッド・ブリュアンの機関紙「ル・ミルリトン」で、「ジャン・カイユー」の偽名でも作品を描いています。この時期から、クレヨンによるリトグラフのデッサンを得意とし、スタンランとしての作品の成熟度と柔軟性を増していきます。ジャン・カイユ―(Jean Caillou)のカイユ―(Caillou)はフランス語で「小石」を意味し、スタンラン(Steinlen)のスタン(Stein)がドイツ語で「小石」を意味することから、カイユ―と名乗りました。同じくトゥールーズ・ロートレック(Lautrec)も「ル・ミルリトン」で偽名トレクロ―(Tréclau)を名乗っています。

                     

                    作品中央に描かれている金髪の少女は、スタンランの娘コレットです。コレットはスタンランの他の作品、「コンパニー・フランセーズ・デ・ショコラ・エ・デ・テ」「ラ・リュ」「デ・シャ」にも描かれ、さらに「コミオのバイク」ではスタンランの想像による大人になったコレットが描かれています。

                     

                    作品名である「レ・プー・ステリリゼ・ドゥ・ラ・ヴァンジャンヌ」(Lait pur Stérilisé de la Vingeanne)とは、レ(Lait)は牛乳、ステリリゼ(Stérilisé)が殺菌、ヴァンジャンヌは地名を意味し、邦訳は「ヴァンジャンヌの殺菌牛乳」。

                    当時の牛乳は、保存が難しくすぐ腐敗してしまう食品でした。しかし、フランス人ルイ・パスツール(1822〜1895)による低温殺菌法の開発により殺菌された牛乳の販売が可能になります。

                     

                    この作品は、シンプルな構図にもかかわらず、「パリから350kmという遠く離れたヴァンジャンヌの牛乳は、子供も安心・安全に飲め、猫たちも集って欲しがっるほど味も良い」と商業広告としても完成され、芸術と広告が一体となった、商業ポスターとしてもアール・ヌーヴォーの最高傑作といえる作品です。


                    ムーラン・ルージュ開店のポスター

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                      ムーラン・ルージュ開店のポスター

                       

                       

                      今回紹介する作品は、エッフェル塔と同じ年1889年にモンマルトルにオープンしたムーラン・ルージュのポスター

                       

                       

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                      リボリアンティークスが協力させていただいている展覧会の公式図録兼書籍です。代表中村大地が執筆した作品解説も収録されていますので興味のある方はぜひお求めください。

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