アール・ヌーヴォーのポスター【ブログ連載第1回】

このブログ連載はアルフォンス・ミュシャやトゥールーズ・ロートレックを含むアール・ヌーヴォーの有名な作品をポスターや版画を中心に絵と解説で紹介やアール・ヌーヴォーの大まかな歴史やポスター製法の用語(例えばリトグラフとは)などを更新いたします。アール・ヌーヴォーのポスター傑作集連載の第1回です。

 

連載第1回:アール・ヌーヴォーのポスター

 

アルフォンス・ミュシャやトゥールーズ・ロートレックは日本でも大変人気があり、国立新美術館でミュシャ展が開催、NHKの日曜美術館では「ミュシャ 未来を見つめる超大作」が放送され、さらに10月からは三菱一号館美術館にて「トゥールーズ=ロートレックと19世紀末パリの版画・ポスター展(仮)」などの展覧会が毎年のように開催されています。

ロートレックやミュシャが活躍した19世紀末から20世紀初頭にかけての時代を、フランスではベル・エポック(良き時代)と呼びます。1900年にパリで開催された万国博覧会を中心にその前後の10年間は、ヨーロッパの伝統などが退廃していき新しい世紀である20世紀に向け様々な新技術:自動車や写真、映画が誕生しました。

 

この動きは芸術にも広がりみせ、伝統的でアカデミックな技法や定式化されたアプローチに嫌気がさした芸術家たちが新しい芸術を模索し始めます。その動きこそがアール・ヌーヴォー(新しい芸術)と呼ばれるもので、特にフランスのパリやオーストリアのウィーンで流行します。

 

アール・ヌーヴォーとはドイツの作曲家でもあるリヒャルト・ワグナー(1813〜1883)の提唱した総合芸術、いわゆる建築、デザイン、美術、音楽などのさまざまな分野の芸術を一つに統合する動きととても似ています。なぜならアール・ヌーヴォーは、各々の都市に従って非常に異なった方法ではありましたが、建築やインテリアデザイン・ガラス工芸品や装飾芸術・本のイラストやポスターなどすべての分野に共通のスタイルとして浸透したからです。この連載ではその中のポスターに焦点を当てていきます。

 

ジュール・シェレのムーラン・ルージュのポスター

シェレはアール・ヌーヴォーの先駆者でありモダンポスターの父ともいわれています。

 

 

アール・ヌーヴォーの成り立ち

 

アール・ヌーヴォーと呼ばれる新しい芸術は1900年頃を中心に突如として誕生し大流行します。アール・ヌーヴォーの流行した期間については諸説ありますが一般的には1890年から1914年の第一次世界大戦までといわれています。

 

アール・ヌーヴォーの誕生には、その当時のヨーロッパの芸術への考え方への反発も深くかかわっています。特に1860年頃まではヨーロッパで芸術といえば、純粋芸術と呼ばれる絵画や建築や彫刻であり、それに対し装飾芸術は小芸術と呼ばれ差別的な区別をされてきました。そのような厳格で定式的な考えに異を唱え、イギリスでラファエル前派が結成されます。

 

このラファエル前派誕生に影響を与えたのが、イギリス人の芸術評論家ジョン・ラスキン(1819〜1900)です。ラスキンは芸術に上下の区別はなく、見たままの自然を忠実に描くことを提唱します。この流れはアール・ヌーヴォー誕生にも深くかかわっており、アール・ヌーヴォーの題材の一つが動植物であり自然でもあることからうかがえます。

 

ラファエル前派でもあったイギリス人デザイナーのウイリアム・モリス(1834〜1896)は枝や植物の一部を規則的に配置や強調するなど動植物をデザインにとりいれます。この芸術と生活をつなげた動きをアーツ・アンド・クラフツ運動と呼びアール・ヌーヴォーに繋がっていきます。

 

フランスでも芸術、特に絵画は伝統的な宗教や肖像などを最高位とする流れが強く、それに反発したエドゥアール・マネ(18321883)やエドガー・ドガ(18341917)、ピエール=オーギュスト・ルノワール(18411919)に代表される印象派とギュスターヴ・モロー(1826〜1898)に代表される幻想的な象徴主義が誕生します。

 

このようにアール・ヌーヴォーは各国のいろいろな芸術運動が重なり合い誕生していきますので、各国の都市により異なる発展をしていきます。このことは各国のアール・ヌーヴォーのポスターの違いからもうかがえます。

 

ドイツのアール・ヌーヴォーであるユーゲント・シュティールの作品

 

 

 

 

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ジャンヌ・ダルク 1896年  ジョルジュ・ド・フール

 

A  Jeanne d'Arc

Georges de Feure

1896

 

1896年にジョルジュ・ド・フールにより描かれた「ジャンヌ・ダルク」のポスター。一見すると劇場のポスターのようだが実は洋服店の広告。

 

正面を向いているジャンヌ・ダルクの左右に、Draperies(ドレープのついたゆったりした服)Nouveautes(新素材や新製品)

足元に書かれているAstre et Soux Carcassonne はカルカッソンヌのお店の名前になります。

 

聖女には見えない妖艶な表情を浮かべ正面を見据えているこのポスターはジョルジュ・ド・フールの描くファム・ファタールを代表する作品です。ファム・ファタールとは運命の女や悪女など、男を惑わし破滅させる女性のことでこのアール・ヌーヴォーの時代には盛んに題材として好まれ描かれました。ピアズリ―のサロメなどもこの時代の代表的なファム・ファタールです。

 

作者のジョルジュ・ド・フールは、本名ジョルジュ・ジョセフ・ヴァン・スリュイテールといい、1868年にパリの16区に生まれました。オランダ人の父親とベルギー人の母親を持ち、幼いころはオランダやベルギーを転々とし暮らしていましたが1889年の21歳の時に生まれ故郷のパリに戻りモンマルトルに住み始めます。このころからド・フールはキャバレーシャノワールなどにも通い、作品をルドルフ・サリの弟が経営するラン・ルージュ(赤いロバ)の壁に展示しました。このご新聞の挿絵や広告ポスターを手掛け

1899年ごろからは装飾芸術も積極的に手掛けるようになり1900年のパリ万国博覧会ではアール・ヌーヴォー・ビングの装飾を手掛けます。ポスターや装飾芸術など様々な分野に才能を発揮しさらには驚くことに飛行機会社も設立し自ら飛行機のデザインも行いました。

晩年は装飾芸術や舞台衣装のデザインなどを手掛け1943年に占領下のパリで他界しました。

本の紹介「版画とポスター 太古の刻印からコンピューター・グラフィックスまで」

おもしろい本を見つけたのでご紹介したいと思います。

 

 

「版画とポスター 太古の刻印からコンピューター・グラフィックスまで」同朋舎出版 1996年

著者はべアリトス・フォンタルとクレール・ダルクール

 

アール・ヌーヴォーの絵画、特に代表的な画家であるロートレックやミュシャなどの作品を始めほとんどがリトグラフという版画の製法で作成された作品ですが、リトグラフ?版画?といわれてもよくわからないと方も多いと思います。日本では版画というと浮世絵に代表される木版、もしくは学校などで作成した芋ハンコや年賀状に押すスタンプなどが馴染み深いと思います。

 

しかし、版画を調べようとすると、凸版印刷や凹版印刷さらに平版印刷などいろいろな技法が出てくるので初めての方はとても混乱すると思います

 

しかしこの本は、凸版印刷や凹版印刷さらに平版印刷という言葉は出てこず、木版画・銅板画・リトグラフ・シルクスクリーンの違いやどのような道具を使用したかをビジュアルで紹介されておりとてもわかりやすいと思います。

 

木版画のページ、右に道具と版木が紹介されています。

 

リトグラフのページ、左がリトグラフの印刷機です。

 

ページ数も50ページと読みやすいので、リトグラフを知りたい方や版画を知りたい方には入門書としてとてもおすすめな一冊です。